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石田 博/ISHIDA Hiroshi
Sommelier's Note~ソムリエのネタ帳

1969年東京出身。90年ホテルニューオータニ入社。尊敬する先輩に憧れ、ソムリエを志す。94年よりレストラン ラ・トゥール・ダルジャン配属、フランス伝統の料理とサービスを学び、ソムリエとしてのキャリアをスタート。2000年、第10回世界最優秀ソムリエコンクールでは第3位になるなど数々の賞を受賞し、日本でも屈指のソムリエとなる。04年ベージュ アラン・デュカス 東京へ移籍、2008年より同社総支配人就任。2011年2月よりレストラン アイ(神宮前)のシェフソムリエとして勤めるかたわら、ホテル日航東京(台場)、同豊橋(愛知)の顧問も務める。講演、執筆、コンサルティング、教育活動など幅広く活動する


日別アーカイブ: 2016年11月6日

ソムリエの視点、世界のワインシーン①

今年4月に、アルゼンチンで行われた世界最優秀ソムリエコンクールに挑戦することを決めたのが2013年。その準備のため、延べ9ヶ国に行きました。産地訪問に加え、世界のプロが集うテイスティングにも参加しました。

そして、アジアオセアニア大会では9ヶ国の、世界大会では世界61ヶ国のトップソムリエと出会いました。

これらの経験を通じて、ショッキングという言葉では表せないほどの変化を目の当たりにしました。

言語〜フランス語から英語へ
1998年、2000年と世界コンクールに出場しましたが、公用語はフランス語でした。有力な選手も、審査員も、関係者も皆フランス語。 私もフランス語で審査に臨みました。コンクール上位はヨーロッパのワイン伝統国の選手が独占しました。
ワイン産地訪問でもフランス語さえ話せればコミュニケーションには困りません。英語圏ですら通用しました。

2016年。参加61名中、フランス語を選択したのは4人だけ。準決勝(15人)では私1人です。そして、その中にヨーロッパ伝統国はフランスだけ。北欧、アルゼンチン、南アフリカなど新顔が並んだのです。内、女性が4名。いずれも上位にくい込みました。日本人も私と、森覚さん(コンラッド東京)が残り、メディア関係者には驚かれました。余談ですが、「なぜワインも飲まず、造ってもいない国の(そういう認識のようです)あなた方が揃って、準決勝進出を果たせたのか??」と何人もの方にインタビューされました。

インターネットとグローバリゼーションはソムリエ世界地図を変えてしまったのです。
ヨーロッパ以外のワイン消費国ではなかった国が発展をし、世界中のワインが、高品質なレストランで楽しまれるようになりました。これによりソムリエが育成されたといえます。日本もその例から漏れません。

前回、コンクールに出たのが、16年前。ワインの情報は本を取り寄せたり、各国の大使館から送ってもらったりして、やっと入手できました。現在はインターネットで、膨大な情報が瞬時に入手できます。それは仏語ではありません。または自在に外国語変換ができます。

結果、世界のワイン業界の公用語が英語へと変換していったのです。生産者たちも英語圏で研修を受けていますので、英語を話します。「フランス人は英語が分かっても、フランス語しか話さない」というのは昔の話なのです。

(続く)


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